宮城県石巻市



▲宮城県石巻市から女川町へ通ずる道路の風景写真


あらゆる物が壊滅した石巻市
あれは気仙沼市に向かおうとした時だった。
一関街道が崩れたそうで通行止めになり、
気仙沼市に行けない事態になった。

遠回りになるが別の通行可能なルートを
探している時に、自衛隊の車の多くが
ある一定方向に行き来してのに気付いた。
何かある!そう直感が閃いたので向かった。


地獄絵図だ!!
石巻市の様子を見て背筋が凍った…。こりゃ神も仏も無い…。
作業者や住民らは、きっと同じことを一度は思っただろう「人生終わった」。
ここまで木端微塵な状況だと、死ぬことより生きてる方が地獄ではないのかと初めに感じた。


地元の復興にと一生懸命作業をしている自衛隊や地元民はいるが、皆顔が険しい。
そして何がしらのストレスを抱えてるようで、目から炎が出ている。

塩釜市周辺なら「がんばってください」という励ましの言葉が通用しそうだが、
ここでそんなことを言おうものなら、殴られそうな勢いだ…。
まさに人生修羅場である。


大地震後の石巻市を観察する



過酷すぎる現実
粉じんが舞い、凍えるような外の寒さ。
この過酷な現実を前に、物質的な支援があるか
どうかより、彼らの精神状態の方が心配だ。

大人2・3人でブルーシードで何かを運んでる。
たぶん中は死体なのだろう…
涙をこらえ切れず泣きながら自転車を
走らせる青年もいた。


コンビニの駐車場では、支援物資らしき物を受け取るために地元民は行列を作っている。
ここに来る前に、ポリンタンクに水を貰う行列を何度か目にした。
限られた水を受け取るためだけに何時間も並ぶこの有様。
みんなが送った支援物資やら募金は、本当に彼らに届いているのだろうか…


今にも倒れそうな家屋に、安全な場所なんぞどこにもねえ


やべっ!逃げろ!
押し寄せてくる水を見た時に直観的に思った。「向こうに行けばきっと帰って来れなくなる」
今まで全国あらゆる所へ旅に出かけたが、死にそうになったのは片手で数えるぐらいならある。
だがそれは肉体披露や病的なものだが、今回は目で見える死の光景だ。

皆せっせと逃げてくる中、あれが三途の川に見えたので私も急いで引き返した。
死ぬ覚悟でやって来た分けだが、犬死はまっぴら御免だ。
生き延びて世の中に伝えるのが私ができる今の役目なんだろうな。


宮城県女川町


ここも地獄絵図だ…
んん~、迷子になった…。
手元に地図はあるのだが、カーナビが少し
前に壊れたので現在地が分からない。
看板には女川町と書いてあった。

長時間ドライブしたので、頭や目がズキズキ
痛むし気分は最悪だ。
暗くなる前にここを脱出せねば…
直観的に見て、この先は死への道だろ。


全体的な感想
この被害ぷりを見て純粋に彼らに必要なのは、あり余るほどの支援物資だと感じた。
彼らには贅沢が必要だ。
自衛隊がいくらプロだからと言っても、あの様子だといつまで体が持つのか疑問に感じる。
皆精神的に気がめいっている。

中には車が目の前を通ろうとも、左右を確認せずに道路を横断する年寄りもおり
集中力やら警戒心を練る気力が亡くなってる。
何か新たな動きや対策が必要だ。

私にできることはコツコツ継続的に募金するだけだが、
もし住民らが別の地域にある避難所へ移りたいと思っているのなら救助しに行っても良い。
とにかく現実を見てきた側の意見からすると、たぶん物資も人出も足りないように見える。
彼らのストレスをかかえているかのような不満足な顔が印象的だった。

東北地震の災害写真part1
支援物資の足りる・足りないの差とは?

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