創始400年を迎える酒田まつりの本祭り

▲酒田市で行われている
酒田祭りの本祭りの様子の写真
- ・開催期間:毎年5月19日、20日、21日の中旬頃に開催。(前夜祭、本祭り、裏祭り)
- ・場所:日和山公園から中合清水屋の中通り商店街辺り
- ・駐車場:酒田市役所(無料)や周囲の有料駐車場など
- ・酒田市の名物・特産品:庄内米、ただちゃ豆、庄内柿、酒、どんがら汁
- ・宿泊先:酒田市格安宿泊ホテル旅館

2009年で400年を迎える酒田市の祭り
2009年でとうとう酒田祭りは創始400年を
迎える記念する日となりました。
去年の酒田まつりから巨大な山車も復活し、
観光客の目を集めていたが
今年も400年を記念し山車が新たに作られた。
製作費は約1100万円ぐらいだそうです。
夜にはあの山車が動き、市内を巡ったそうだ。
私は時間の都合上見れなかったが、
昼間なら行けたので本祭りを観光してきた。
庄内の祭りでは、酒田祭りがもっとも賑やかで
多くの観光者が集まります。
パレードに参加している人数だけでも多く、
大規模な祭りという印象を受ける。
▲やっぱり今年もデカかった
酒田祭りと獅子頭について
- 酒田まつりは、もともとは酒田市にある日枝神社の祭礼で山王祭であった。
徳川時代には酒田全町の産土神の祭りとして盛大を極め、古い伝統が古式にのっとり
厳かに行われ、慶長14年(1609年)から一度も欠かさずに継続されてきました。
あの巨大な獅子頭は、古くから悪病、災害除けの霊獣とされてきており
繁栄と防災の願いを込めて作られたもので「酒田大獅子」と呼ばれている。
そのご利益にあやかろうと、我先にと子供たちを獅子頭の口の中に入れパクパクします。
酒田大獅子は、今では酒田祭りの山車行列の中心となっています。


この頃はアメリカでオバマ大統領が就任し「Yes We Can!!」というセリフが流行ったなー
町人が祭りの主役だった歴史
- 祭りの責任者は、山王社の氏子から選ばれ「頭家(とうや)」と呼ばれる酒田湊の商人たち。
頭家の主である頭人は、祭礼にかかる莫大な費用を負担しなければならない。
渡御行列の主人公として市中を巡行し、公式に従者を伴い奉行所の門を
くぐることができたため、身分の区別が厳密だった封建時代において大変な名誉だった。
なので、有力商人たちは競って立候補したそうだ。
酒田祭りの山車行列を観光


色鮮やかな山車・神輿・和太鼓
酒田祭りの本まつりでは、初めに酒田市役所の
駐車場の広場で、式台の儀や
松山藩荻野流砲術隊による演武が行われ
今年は派手に祭りが開かれた。
酒田祭りのパレードの特長と言えば、
鮮やかな山車と太鼓、大小の御神輿と獅子頭
であろう。そのパレードは市内を巡り
2時間ぐらいの時間で回っているようだ。
左の写真の黒獅子の山車は、よく見るとカラクリにより黒獅子が動く仕掛けになっている
山車でした。本間家の北前船の山車も通り、次々と色鮮やかなパレードが通ります。


獅子舞は要所要所で停止し、志願すれば口の中に子供を入れてもらえます。
酒田山王祭礼用亀笠鉾(かめかさほこ)、酒田市指定有形民俗文化財
- あの竜ぽい山車は酒田市の文化財で、亀笠鉾は本間家三代本間光丘が
酒田の鎮守日枝神社の祭礼「酒田山王祭」(現在の酒田祭り)で
各町内で山車を出していた歴史を再現している。
現在の亀笠鉾は、昭和2年(1765年)に京都の人形師に作らせ、船で運んできたもの。
亀の頭が竜なのは、上日枝神社のご神体が竜神に関係しているからと言われている。
亀は竜宮の遣いとしてめでたい物の象徴。
山形城の最上義光公が支配していた時代には酒田市には亀ヶ崎城があったため
亀鋒にしたのではないかと伝わる。現在では「本間家の亀」として親しまれている。
酒田まつりのアクセス
酒田祭りの場所に関してはコチラでお探しください。⇒
酒田まつりの地図・場所毎年パレードのコースにほとんど変更はなく、時間も12時~15時ぐらいまで回る。
夜は前夜祭も本祭りの夜も、色々とイベントを開いています。
祭り期間中は
旧鐙屋なども無料で入場可能でした。
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