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昔の面影をとどめる農家の住まい・旧矢作家住宅


旧矢作家住宅
▲新庄市泉田にある旧矢作家住宅(やはぎけ)の建物の写真

  • ・場所:山形県新庄市泉田還東460

  • ・期間:入場料は無料。10:00~16:00、4月1日~11月30日(冬季期間は閉める)

  • ・休館日:毎週火曜日(火曜日が祝日の場合は、翌日が休館日になる)

  • ・駐車場:旧矢作家住宅の側に有り(無料)

  • ・新庄市の名物・特産品:新庄漬け、くじら餅、しそ巻、ゆべし、漬物、揚げまんじゅう、納豆汁

  • ・宿泊先:新庄市宿泊先(ホテル)

桜の花見ついでに旧矢作家住宅を訪れる
春爛漫の季節、新庄市の最上公園の桜
花見してきた。最上地区では、最上公園
(新庄城跡)の桜は見栄えが良い方だ。

それで新庄市泉田の桜並木も見事だという
ことで、せっかくなので行って来ました。
最上公園からは車で約8分ぐらいで近い。
そこに旧矢作家住宅があるので立ち寄った。


旧矢作家住宅

旧矢作家住宅とは?
旧矢作家住宅は農家・矢作家の住宅で、厩中門(うまや)・片中門(かたなかもん)の造りで
典型的な最上地方の農家の住宅。構造や手法を見て、18世紀中期頃の建築だと予想される。
主屋から馬屋が突き出ており、中門の造りは秋田・山形・新潟に多く見られる雪対策の仕様。
裏手には雪を溶かす池を配置するなどの建築手法が見られる。

裏手

この旧矢作家住宅は、元は新庄市旧萩野村の集落にあった住宅で、泉田に3,650万円をかけて
移築し復元した建物です。最上地区における、江戸中期の農家住宅の構造が見れる
貴重な建物とみなされ、昭和44年12月18日に国の重要文化財に指定されました。

旧矢作家住宅の内部


旧矢作家住宅の居間
えんなか(居間)の様子

旧矢作家住宅の見取り図

250年前の面影が残る農家の内部
中の方も案内して貰いましたので、色々と話も
聞いてきました。私が訪れる前日には
家内で木を燃やしたそうで、中は木の香りが
漂い、心落ち着く場所となっていた。

内部が暗いのは、保存物が傷まないため。
電気を明るくした時期もあったが
雰囲気に対し不適だという指摘があったので
あのような豆電球のみなのだとか。
                                         とのぐち(玄関)


▲まや(馬屋)                   ▲いなつば(稲置き場)

『にわ』にある馬屋と稲置き場
先に馬小屋の後ろ側にある『へんつ』(便所)を見せてもらい、それから『にわ』の方を紹介して
貰いました。『まや』(馬屋)は馬を飼う所で、玄関に設置してるのは出入の利便性と
衛生上の理由で入口に設置しているのだろう。
『いなつば』(稲置き場)では稲などを積む所で、農具やミノなどが展示されてました。

かまど

『ながし』(水場)では少し大きめのタルがあり、その横に『へっつ』(カマド)が置いてあった。
本間家旧本邸に置いてあるような大きく立派なカマドでは無いが、当時の農家ではこのくらいの
サイズが一般的だったのでしょうな。逆にそれがリアリティーがあって良かった。


えんなか(居間)
こちらが居間です。それほど広くはないスペースだが、矢作家は組頭だったので百姓の中では
裕福な方だったそうだ。家具が置いてある所の横のスペースは、夫婦が寝るスペースだが
扉すら無い狭い場所で寝る。矢作家では12~13名ほど暮らしていたそうだから
あとは囲炉裏を囲んで雑魚寝とのこと。


昔の家族構成は多かったから、雑魚寝が一般的か
しかし、あの居間の狭さに10名近く雑魚寝できるだろうか・・・?
と疑問に思ったので質問してみると、矢作家のご主人は厳しかったかどうか知らないが
客がいない場合は、客室(下のでん)で寝かせたかも知れないとの意見だった。

庄家や武家にも客室はあったりするが、厳しい家柄だと客室は家内の者にも使わせなかったので
つまり、その家主のお心次第ということだ。

魔除け効果があるという絵
居間の上には神棚と、般若?の絵が飾られ
ていた。大きさは一般的な凧の大きさぐらい
だが、実物はおよそ4分の1のサイズで
魔除けとして飾られる物なのだそうだ。

昔は五穀豊穣と身体堅固を願い神棚も
一般家庭には、設置してたのだろうか。
恵比寿のお面とかも飾ってあった。


▲上のでん                       ▲下のでん

部屋(上のでん、下のでん)
唯一部屋があるのは、2部屋だけだった。
上のでんは家主の部屋で、ワラが敷いてある布団があった。(実際に横になってもOK)
床に使われている木は、カンナを使用した真っ直ぐな木ではなく、農具を使用し平らにした。

下のでんは前述した客室で、上のでんより広いスペースだった。農家の家とは言え
客人は手厚くもてなしたのだろう。この2部屋は扉を閉める戸があった。

茅葺屋根
茅葺屋根(かやぶき)のワラは5年に一度の割合で、一面づつ修復しているそうだ。

天保時代に農家に出した御触書
1805年の御触書を見ると、一般の農家では掘立柱・土間を原則としていたが
石場建てについては家持ちがよいので許可されていた。座敷一間に限って畳は許されている。
天保14年(1843)には、農家に不似合いな門、玄関、明かり窓、床の間などがあった場合は
早々に仕直しを命じられる。と昔は厳しく取り決められ、贅沢が禁じられていた時代背景。


▲旧矢作家住宅の動画

全体的な感想
もう少し室内は明るくして欲しかった気はしたものの、木の香が最高でした!
マキストーブがある家なら分かると思うが、木を焚いた香りにはリラックス効果がある。
質問攻めと長居していたからなのか、管理人からは「古い家とか道具を見るのが好きなの?」
と聞かれる始末。想わず自宅の寝室で寝るかの如く、眠りそうになってしまった。

と、まぁ入館は無料なので、新庄市の旅行ついでに眺めて見ると良いかも。
矢作家を出る頃には、なんと言うか森林浴を楽しんだような気分だった。
どことなく古い家からは懐かしさやら、木材の温もりを感じとれて花見より良かったよ(^^)

新庄市泉田の地図・場所


山形県新庄市泉田の地図と場所
▲画像クリックで地図拡大表示可能
山形県新庄市大字泉田周辺の地図 - Yahoo!地図

旧矢作家住宅の場所は分かりやすく、国道13号線と泉田駅からの十字路から
少し奥へ行った所にあります。側には小学校もあるので見つけやすいでしょう。
駐車場は普通車が7台近く駐車できそうだった。



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