山形観光旅行記

旅人の天晴れ『山形の入場券集』の話


山形の入場券
▲大量に溜まった山形の入場券や領収書・パンフレットなど。

個性的な山形の入場券や領収書
博物館などに入ったりしたときに領収書として貰える、個性的な入場券を並べてみました。
持っていても仕方ないので、ちょいと有効活用でもしてみるか~とさっそくチケットを並べ
写真で斬りまくった。主に入場券として貰え、尚且つ山形のだけのを集めてみました。
館内パンフレットだけ渡して、入場券は経費削減のためなのか配らない所も多々ありました。

*画像クリックで拡大表示可能です

本間家旧本邸・美術館 旧尾形家住宅 松山文化伝承館
本間家旧本邸・美術館       旧尾形家住宅             松山文化伝承館
蔵王ハイライン有料道路 米沢織物歴史資料館
     蔵王ハイライン有料道路通行権              米沢織物歴史資料館
王祇会館 上山城
        黒川能の里 王祇会館                     上山城
上杉家御廟所 宮坂古考館
          上杉家御廟所                      宮坂古考館
最上義光歴史館 東光の酒蔵
         最上義光歴史館                    東光の酒蔵

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山形グルメ旅行記

腹減り侍『水車 なめこうどん』の話


なめこうどん
▲酒田市にある、水車のなめこうどん

水車
どっちの料理ショーで紹介された店か~
酒田まつりを観光し、前夜祭が終わる頃には腹が減るだろうと思い夕食を済ました。
外ではたくさん露店があるが、侍は基本的に外で食べながら歩いたりする行為はやらん。

なので中合清水屋の5Fにある水車というお店へ入店した。玄関前には大きな水車が飾ってあり、名前の通りシンボルマークなのだろう。
        ▲中合清水屋百貨店5階

酒田市役所と山車水車の店内

酒田市の街並みがよく見渡せるな
入店すると窓際に座ってみた。近くには市役所があるため、酒田まつりの山車を肉眼で見ることが
可能であった。早速メニューを眺めて何にするかと考えた。当店の一番のオススメは『稲庭うどん』
だそうだ。どっちの料理ショーで何度も紹介された佐藤養助の稲庭うんどです。とか書いてあった。
写真を見る限りあれは麦きりだろうな。麺が良いのは分かったが、他のスープとかどうなんじゃろ。

酒田市の風景▲台風が来る前の酒田市の街並みの様子


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上日枝神社と下日枝神社の例祭、酒田まつり


酒田まつり・山車
▲酒田市の市役所前に設置された酒田まつりの時の山車

  • ・開催期間:5月19日、20日、21日の中旬頃に開催。

  • ・場所:日和山公園から中合清水屋の中通り商店街辺り

  • ・駐車場:酒田市役所(無料)や周囲の有料駐車場など

  • ・酒田市の名物・特産品:庄内米、ただちゃ豆、庄内柿、酒、どんがら汁

  • ・宿泊先:酒田市格安宿泊ホテル旅館


山車
慶長14年(1609)から続く歴史ある酒田まつり
酒田市では、もっとも大きな祭りである、酒田祭りを見てきた。3日間も行われる大規模な祭り也。

このお祭りは元は山王祭と呼ばれていたが
昭和54年の酒田大火復興の時に『酒田まつり』
と改称したようだ。
慶長14年(1609)から399年もの間、一度も欠かすことなく続けられてきたもので、獅子頭が酒田
市内を巡ったり、伝統芸能を披露したります。

左にある巨大な山車(だし)は、京都祇園祭の
山鉾巡行を真似たもので、酒田まつり(当時は
山王祭)の名物として知られたが明治39年(1906)になると、電線が引かれるためという理由で姿を消してしまった物である。
   ▲うわぁぁー、ちょwでかすぎるよチミー

山車の写真山車の内部

今年(2008年)から復活した山車
それで明治39年を最後に山車の姿は消した訳だが、本年度で酒田まつりは創始400年の前年祭
となるので、山車が復活したのだそうだ。当時からこの山車は、雲をつくように高かった。
酒田市役所内では、歴史パネルなる当時の白黒写真が飾られ、その様子を見ることができた。
山車の内部は、鉄筋と木造による建築で頑丈な作りであった。
話によるとあの山車は、市からの補助金も含めて、製作費は約1000万円だとか@@;

露店盆栽

日和山公園から相生町の約1km?ほどある長い道のりの道路脇には、ずらりと並ぶ露店で溢れ
新庄まつりなみの露店数であった。酒田市役所前では、山車や獅子頭の展示の他に盆栽展なども開かれていた。その手前にある旧鐙屋では、酒田まつりの期間中は入館無料なので観光してきた。
酒田まつり・獅子頭▲赤と黒の獅子頭。魔除けであり酒田市のシンボル。

本祭りでは子供が健康に育つように、獅子頭の口の中に子供を乗せ酒田市内を巡ります。
今年(2008年)の本祭りでは山形に台風が来ていたので、見に行くのを断念しました><;


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奇怪な岩石に彫られ日本海側にある仏像、十六羅漢岩


十六羅漢岩
▲遊佐町の日本海側にある十六羅漢岩(じゅうろくらかんいわ)

  • ・場所:山形県飽海郡遊佐町吹浦(ふくら)の日本海側

  • ・駐車場:サンセット十六羅漢の側に有り(無料)

  • ・遊佐町の名物・特産品:遊佐米、鱈汁、鳥海の塩、竹炭、庄内柿、かきもち、山菜

  • ・宿泊先:遊佐町宿泊ホテル旅館


日本海
いつ見ても喉かなところでおじゃる
山形県でもっとも北側にあり秋田県と接する所にある遊佐町へ観光してきた。

遊佐町は庄内地方に属し、鶴岡市や酒田市に比べると田舎な方だなと思った。まぁ都会化してない分、毒されていない町とも取れるか。
して、久々に十六羅漢岩を見てきた。初めて見たときは何じゃこりゃー!と驚いたものだ。
     ▲ややっ!風光明媚な所でござるな

日本海と遊佐町十六羅漢岩
▲上の展望台から見るとあんな感じ、よく見ると釣りをしている方がいるようだ。

何で岩石に仏像が彫られているのよ?
この十六羅漢岩は、吹浦横町にある海禅寺(かいぜんじ)というお寺の、21代目の寛海(かんかい)
和尚が、日本海の荒波で亡くなった漁師や人々を供養し、禅風の普及と航海安全の祈願のため
1864年(元治元年)から明治初年まで、酒田の石工と供に彫った物なのだそうな。
全部で22体彫られており、正面に釈迦・文殊・普賢の三尊とその他十六羅漢岩を配置されている。

十六羅漢岩▲そなたには岩に浮かぶ仏の像が何体見えますかな?

十六羅漢とは?
十六羅漢とは、この世で仏法を正しく教え、後世に伝えるお釈迦様に誓う弟子16人の高弟のこと。
この16人を合わせて十六羅漢と言い、一人々それぞれの役割があったようだ。
十六羅漢像を眺めていると、その顔はどこかしら自分の家族や身内の者、また友達や知り合いの
顔にそっくりだったりするのだと言う逸話もある。

十六羅漢岩の写真十六羅漢岩

日本海側にこれだけの規模の十六羅漢が、彫られているのは日本ではここだけなのだそうだ。
岩の上に座り、海をしばらく眺めていた。太陽の日差しを浴びて岩肌が暖かく心地が良いものだ。
またここでは毎年海水浴シーズンに、夜間はライトアップされ供養祭が行われいるそうです。


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山形観光旅行記

旅人の天晴れ『どこの都道府県が、もっとも山形好き?』の話


山形好き一覧表
▲画像クリックで全データ一覧可能

当ブログサイト2007年9月11日~2008年7月21日データ結果
山形の博物館や売店の人は大抵こう言う「今日はどちらからおいでですか?」
私は「なぜ多くの博物館の人は、そんなことを聞くのだ?」と答えると。山形の住民はほとんど来なく
県外から来客がほとんどなのだそうだ。中にはアンケートに答えると、何かプレゼントしてくれる所も
あったりするのだ。そして話によると県や市町村でデータ分析をしているのだと言う。

東京の人が、ぶっちぎりで山形に興味があるようだ
今はネットで調べ観桜旅行に訪れる世の中です。その疑問について私がお答えしんぜよう。
2007年9月11日というのは、当サイトの立ち上げてから初記事を書いた時期である。
そこから2008年7月21日までのデータを割り出す(*自分のIPは除外で計算)
即決から言うと『東京都』の人が、もっとも山形好きであると割り出せた。

▲地元の人は、自分が住んでいる地だからなのか興味があまり無いようだ。

東京都、神奈川県、埼玉県、大阪府は以外だったか・・・?
実に面白いのが、山形に隣接する国は日帰りが可能なため山形へ行ってみようと考えるのは
普通の発想であり自然であるが、それ以外の国が上位を占めたのが以外だったことだ。
予想とは常に反する答えがでるから、実に興味深いデータである。

あ、左の麻雀カウンターとアクセス解析数の数字が合わないのは、カウンターの方が2008年2月7日
から設置したからと、カウンターが重かったりすると正常に反映されないから少なめな数字です。
1日あたり100~200PV弱のズレが出てしまいます。


>>どこの都道府県が、もっとも山形好き?の続きを見る


山形観光旅行記

旅人の天晴れ『直江兼続の田んぼアート』の話


直江兼続・田んぼアート
▲米沢市の小野川温泉地帯にある直江兼続の田んぼアート

小野川温泉田んぼアート
おぉ!初めにパッと見たとき感激するな!
米沢市の小野川温泉では、田んぼアートという田んぼに絵を描き観光者を賑わしています。
数年前から始められたもので、モナリザや
上杉謙信と武田信玄の三太刀七太刀の
田んぼアートなどもありました。

今年は直江兼続が主役の大河ドラマ、天地人の公開が決定したのでPR用と兼続になった。
    ▲展望台から見た田んぼアートの様子

天地人と直江兼続愛とホタル
▲おや!?あそこで近所の人が農作業をしているな~

しかし良くできてるのぅ
展望台で直江兼続の田んぼアートを眺めていると、近所の婆さんが何やら近くで農作業をしてた。
まぁ人の大きさがあれくらいだから、およその田んぼアートの広さが伺えるかな。
右の丸いやつはホタルです。小野川温泉では、この季節になると天然のホタルが舞い
お祭りなどを開いているそうだ。米沢市の中心とは違い、この温泉地帯は自然溢れる所でした。


>>田んぼアート・直江兼続の続きを見る



藩政時代を偲ばせる中山神社祭典の武者行列


中山神社祭典武者行列
▲酒田市の松山城大手門と中山神社祭典武者行列の様子

  • ・開催期間:5月1日 13:00から出発

  • ・場所:中山神社から各順路へ巡る

  • ・駐車場:松山文化伝承館や中山神社辺りに有り(無料)

  • ・酒田市の名物・特産品:庄内米、ただちゃ豆、庄内柿、酒、どんがら汁

  • ・宿泊先:酒田市格安宿泊ホテル旅館


中山神社と武者行列
酒田市の無形民俗文化財の武者行列
5月1日に行われる中山神社祭典武者行列は、午後1時に中山神社から出発します。
同日の午前中は松山藩荻野流砲術
演武が里仁館のグランドで行われている。

この武者行列は、約2,3時間かけて町内を
1周し再び中山神社へ戻ります。午前中は
幼稚園児による山車が町内を周っていた。
       ▲中山神社の入口の石鳥居

中山神社武者行列

中山神社祭典武者行列の起源について
この中山神社の武者行列は、何時頃から始まったのか明確な記録がないそうだが
宝暦7年(1757年)に中山祭礼のため片町から『奴(やっこ)を出した起源』という記録があり
その頃から始まったのではないかと推測されている。奴(やっこ)とは武家などの家来のこと。

中山神社祭典武者行列

中山神社は徳川家康の嫡男・松平三郎信康と、酒井忠次(ただつぐ)を祀るために創始した神社。
それで武者行列が行われるようになったのは、祭典の時には神輿を担いで市内を周るので
その警護をするために武者行列がついて歩くようになったと伝わっている。

神輿神輿の写真
神輿(みこし)は2つ置いてあったが、武者行列では左の方を引っ張っていた。


>>中山神社祭典武者行列の続きを見る


山形グルメ旅行記

腹減り侍『竹の茶屋味処稲荷亭 特性キムチうどん』の話


特性キムチうどん
▲酒田市にある、竹の茶屋味処稲荷亭の特性キムチうどん

おや!?あんな所にラーメン屋があるぞ!
酒田市の松山で行われた松山藩荻野流砲術中山神社祭典武者行列を眺めていたら
辺ぴな所にラーメン屋があるのを発見した。

今回も昼飯抜きか・・・と思いながら歴史祭りを見ていたから丁度良かったか。
隠れた名店とは、普段は隠れていて人目に
つかないから、ソレなのだろうかと思い入店。
      ▲民家の間にあるラーメン屋か・・・

竹の茶屋味処稲荷亭店内の写真

庶民が親しみやすいお店かね
竹の茶屋味処稲荷亭は、中山神社から徒歩で1分ぐらいの距離に有り中へ入ると、テーブルと
座敷のスペースが用意されていた。バリバリのラーメン専門店というよりは、昭和初期からある
ラーメン屋みたいな、近所などで親しまれているような雰囲気のするお店だった。

店内から外の様子竹の茶屋味処稲荷亭
表彰状と誰かのサインが上に飾られているな。行灯のライトと木造の建物が和風で良いのぅ


>>竹の茶屋味処稲荷亭 キムチうどんの続きを見る



米沢上杉まつりでの上杉鉄砲隊の演武


上杉鉄砲隊
米沢上杉まつり・米沢駅前イベントの上杉鉄砲隊の標的になった時の様子

  • ・開催期間:米沢上杉まつり>毎年4月29日~5月3日(入場無料)

  • ・場所:米沢城・上杉神社の稽照殿前や、5/3の米沢駅前で発砲。

  • ・駐車場:米沢城周辺や臨時駐車場

  • ・米沢市の名物・特産品:米沢牛、米沢鯉、舘山りんご、うこぎ、雪菜、織物、笹野一刀彫

  • ・宿泊先:米沢市格安宿泊ホテル旅館

上杉鉄砲隊
米沢上杉まつりの上杉鉄砲隊を観察
米沢上杉まつりでは、上杉鉄砲隊の演武が
見れます。5月3日の米沢駅前の発砲イベントの前に4月29、30日の午前10時頃にも
上杉神社稽照殿の前でも発砲されます。

あれは鉄砲の練習をしているのではなく
米沢上杉まつりの祝いとして毎年祝砲を
上げているのだそうです。
        ▲上杉神社前での祝砲

火縄火薬と火縄銃

上杉鉄砲隊
火縄銃の発砲に用いる道具について
上杉鉄砲隊が玉込めの最中に使用している道具と発砲の様子を眺めてきた。まずは左の写真の
縄のやつは、火縄と言い材料は竹、木綿、ヒノキなどが主で、竹火縄がもっとも火移りが良い。

しかし年月が経つと火付が劣る物也。他は火移りが劣るが、湿気や乾燥に強いのが特徴である。
右のヒョウタンに火薬が収められているようだ。
                                     ▲移動のときの銃の持ち方

普段は右の写真の上杉家の家紋が入った黒い箱に、火薬やら道具をしまっているのだと思った。
理由は黒い箱の横に、4月29、30日分の火薬と記入されていたからだ。
火縄銃は基本的に重いので、持つときの基本は右側の写真のように棒や鉄砲を肩に担ぎ後ろで
交差させてテコの原理で、重さを分散させていた。あれがもっとも効率の良い持ち方なのだろう。

玉込めの最中の写真上杉鉄砲隊

古式火縄銃と上杉鉄砲隊について
それで見学ついでに色々と聞いてきた。まずあの火縄銃だが慶長9年(1604)の上杉景勝の時代
の時、米沢の白布温泉で鉄砲を作る工場があり、そこで1千丁作られたが時の火縄銃だそうな。
銃の重さはサイズにより違うが約10kgで、鉄砲一丁の値段は何百万単位と言ってた。
火縄銃を打つには、火薬を使用するため危険物取扱の資格が必要。そのため一般の方が
「銃を持たせてくれ」と言われると、上杉鉄砲隊は非常に困るらしい。

火蓋の部分古式火縄銃

現在の上杉鉄砲隊の団員数は、およそ30人余りでその内女性は2人。キャリアは15~25年
辺りが多くあそこにいた女性でも8年とか、そう説明していた方は、キャリアが40年だと言ってた。
銃の撃ち方は数種類あるが、全部の打ち方ができるのは3、4人ぐらいしかいないのだそうだ。

玉の射程距離は実弾だと、50~150mで馬や鎧を着た物を殺すには50m以内で射抜くものだと
伝書があるそうだ。実弾は違法なため、上杉鉄砲隊も実弾で撃った事がないとのこと。
だから米沢だと、火薬の後に白い紙を入れて発砲している。動画でもその様子が観察できた。
上杉鉄砲隊は米沢で行われる祭りやイベントなどで発砲されるが、その30人余りいる団員達と
交代で発砲を行っているようだ。なので上杉神社前では30人も鉄砲隊いないことが理解できる。


>>上杉鉄砲隊の続きを見る



酒田市格安宿泊ホテル一覧表


酒田市のおすすめ格安宿泊ホテル一覧表です。ネットから空き部屋の確認と宿泊予約ができ

ポイントで値段が安くなる『じゃらんnet』に対応した宿泊先一覧表です。値段にあった宿泊施設を

見つけやすいよう安い順から探してみました。酒田市の旅行や観光のご利用にどうぞ。

尚、地図や場所に関してはリンク先のMAPから確認することが可能です。

よくある質問 ネットで宿泊予約の仕方


酒田市宿泊先ホテル名 住所 値段
酒田グリーンホテル 山形県酒田市本町1―6―10 ¥3,350~
ホテルサンルート酒田 山形県酒田市北新橋1-19-7 ¥3,400~
工藤旅館 山形県酒田市幸町1-8-22 ¥3,600~
ホテルイン酒田 山形県酒田市あきほ町650―4 ¥3,825~
ホテルリッチ&ガーデン酒田 山形県酒田市若竹町1-1-1 ¥3,990~
さかたセントラルホテル 山形県酒田市中央東町4-22 ¥4,000~
酒田東急イン 山形県酒田市幸町1-10-20 ¥4,200~
最上屋旅館 山形県酒田市中町2-2-16 ¥6,000~
若葉旅館 山形県酒田市本町2-3-9 ¥7,100~
ホテル ルートイン酒田 山形県酒田市東大町1-48-12 ¥8,000~
ホテル・アルファ-ワン酒田 山形県酒田市幸町2-1-12 ¥8,800~



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