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長井市のブログ記事タイトル一覧


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=宿泊(ホテル・旅館・ペンション) =歴史・資料館・城・神社・寺院 =地図・その他


長井市の記事タイトル一覧表
ながい黒獅子まつり 置賜さくら回廊
総宮神社 朝日軍道
長井水祭り 最上川花火大会まつり 長井あやめ公園

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500種類・100万本の菖蒲が咲く、長井市のあやめ公園


長井あやめ公園
▲長井市にある、長井あやめ公園の花の写真

  • ・場所:山形県長井市横町

  • ・駐車場:広々と料金所の前に有り(無料)

  • ・期間:6月中旬~7月上旬頃が見頃

  • ・入場料:小人300円、大人700円、団体20名以上で小人160円、大人420円

  • ・長井市の名物・特産品:サクラ、ツツジ、アヤメ、地酒、漬物、山菜、手打ちそば


長井あやめ公園のマップ
鮮やかなる菖蒲(あやめ)の花々
長井市の総宮神社のすぐ側には、
長井あやめ公園という菖蒲がいっぱい
咲いている公園がある。

さらに近くにはあやめ公園駅があるので、
長井市の観光地としては利便性が良い。
基本的に置賜地方は、花々しい地区で
季節になると花の展示はよく行われている。

        ▲画像クリックで拡大可


長井市のアヤメ公園について
長井アヤメ公園は、明治43年7月に金田勝見氏が、自分で経営する茶店の西の杉林跡地を
開墾して数10株のあやめを植え、茶会を開き招いたのが、あやめ公園の誕生の秘話として
語り継がれています。現在は500種類・100万本にもなる。

長井市のアヤメ公園でしか見れない「長井古種」など長井市固有の種が、
守られていることが特徴です。
そのため長井市では、町のシンボルマークが「あやめ」になっています。

アヤメの花の写真


>>長井あやめ公園の続きを見る



長井市から鶴岡市の道を直江兼続が開削した軍道


朝日軍道
▲長井市にある、朝日軍道の中腹から眺めた長井市~南陽市の風景

  • ・場所:山形県長井市草岡の古代の丘付近の登山口

  • ・駐車場:空いているスペースに適当に駐車

  • ・長井市の名物・特産品:サクラ、ツツジ、アヤメ、地酒、漬物、山菜、手打ちそば

長井市の草岡にある軍道
長井市にある朝日軍道を観光してきた。
草岡と言えば、やはり置賜さくら回廊の
草岡大明神桜
を連想してしまうものだ。

近くでは縄文時代の土器などが発掘され
資料館や住居・土偶などが展示されている。
して、今回は置賜と庄内を結ぶ朝日軍道を
観察しに、ちょいと登山してきました。


自然多く、眺め良き所か

上杉軍が最上軍に合戦をしかけた慶長出羽合戦地図
朝日軍道とは?
朝日軍道とは、置賜の長井市草岡から庄内の
鶴岡市朝日村を結ぶ軍道で、葉山・大朝日岳・
以東岳を通る約60kmの山道です。

上杉当主・上杉景勝が慶長3年(1598年)に越後から
会津120万石へ国替えを関白・豊臣秀吉に命じられ
会津に移り、福島県・宮城県・山形の庄内が
上杉家の領土になった。

置賜から庄内へ荷物を運ぶにしても、最上義光
治めている最上家の領土を通らなくてはならない。
山形の置賜地区は上杉の重臣・直江兼続に任せられ
庄内への荷物運搬や移動のため、山を開削し
道を切り開いたのが朝日軍道です。

右の図の置賜と庄内が繋がっている細い部分が
その朝日軍道にあたる部分です。

豊臣秀吉上杉景勝
▲豊臣秀吉                        ▲上杉景勝

豊臣秀吉の命による上杉家会津120万石の移封について
豊臣秀吉はライバルの徳川家康を、三河から荒地で不憫だった江戸に追いやり
伊達政宗においては北条と手を組み天下を狙おうとしていたので、奥州仕置で伊達家の
国力を減らし、不憫な地だった仙台に追いやった。

最上義光にしても、愛娘の駒姫を斬首され豊臣家には形だけ従っていたに過ぎない。
当然反感も出るであろうと、上杉家を鎮撫役の要役として移されたというのが一般的な内容だ。

片桐繁雄先生の説
最上義光の講師・片桐先生の話では、あれは上杉家の国力弱体を計り移封したと言っていた。
越後は日本海を背後にし、一つの繋がった領土として上杉家が古くから治めた強固な地なので
会津120万石に加増すると話を持ちかけ、会津と庄内の飛び地という不憫な地を与え
国力弱体を計ったと話していた。そう考えると歴史とは実に面白き物也。

つまり織田信長ですら動かすことのできなかった上杉の地を、秀吉は利をぶら下げ、たった一言で
上杉家を移封させたということだ。当時の秀吉は自分の命令を断われば、国を没収するような
人柄であったため、上杉家はそれ知ってて断われず、渋々承諾し移封に応じたとも考えられる。

まぁ、秀吉のズル賢さを考えれば確かに有り得ない話ではなさそうか・・・
いずれにしても加増され一見便利そうに見える地だが、実際は不便な地だったのかもしれない。



>>朝日軍道の続きを見る



平安時代、伊達・蒲生・上杉の歴史の流れがある総宮神社


総宮神社
▲長井市のあやめ公園駅の近くにある総宮神社(そうみや)の写真

  • ・場所:山形県長井市横町14-24 電話:0238-88-3348

  • ・駐車場:総宮神社本殿の裏の方に有り(無料)

  • ・長井市の名物・特産品:サクラ、ツツジ、アヤメ、地酒、漬物、山菜、手打ちそば

直江兼続の愛の前立て
多くの歴史舞台となった總宮神社
今回は長井市の横町にある総宮神社へ
訪れました。最近では直江兼続の大河ドラマ
天地人のテレビ効果もあり、観光者も増え
直江兼続グッズや土産も新たに増えてた。

兼続が植えたと伝わる直江杉の側には
愛の前立てと説明の看板が設置されてた。
神社を観察すると不思議な箇所が多々あり
宮司さんに色々と話を聞いてきた。

總宮神社赤崩山

赤崩山の山号と総宮神社の歴史
総宮神社は歴史深き神社で、山号は『赤崩山』という神社には珍しい山号が付けられている。
平安時代・延暦20年(782~806)頃の時代に、征夷大将軍の坂上田村麻呂による創建
と伝えられ、戦勝祈願として参拝されており以後『赤崩山白鳥大明神』と称す。

赤崩山とは、米沢市にある最上川の源流・松川の近くにある山で
総宮神社の祭神の一つにあたる日本武尊(ヤマトタケルノミコト)が、松川の洪水を鎮めようと
赤崩山に神剣を捧げ五穀豊穣を願ったのが始まりです。

米沢市の直江石堤防がある松川

上杉の重臣・直江兼続が米沢城へ入城した時代では、大雨が降ると米沢の城下は水に浸り
被害を受けていた。兼続は洪水から守ろうと、自ら赤崩山に登り反乱した川の様子を観察し
その後の直江石堤を築いた歴史ある山である。

上杉景勝の前立て

拝殿にある上杉景勝の前立てぽい置物について
擬宝珠やら戸の開き仕様を眺め、典型的な昔の神社仕様だなと思いつつ周囲を観察していると
拝殿の奥の方には、上杉景勝の前立てに似た巨大なオブジェクトが置かれているのに気付いた。
それは左の写真のような形で、随分年季が入った物であった。

宮司さんに話を聞くと、あれは『神鏡』という物だそうだ。
江戸時代後期に奉納され、ご神体は人の目には見えないので、代わりに置いているのだそうじゃ。
調べてみると神鏡は、天照大御神(あまてらすおおみかみ)が授けた三種の神器の一つ・八咫鏡
(やたのかがみ)が起源のようで、古来の日本において鏡とは祭具として使われてきた物也。
つまり上杉景勝公は、神仏に対し信仰心が深かったので神鏡の前立てにしたということだ。


>>総宮神社の続きを見る



黒き獅子が盛大に舞う、長井黒獅子祭り


ながい黒獅子まつり
▲長井市で行っている、ながい黒獅子まつりの黒獅子舞の様子

  • ・場所:長井市の白つつじ公園内の特設ステージお宮

  • ・イベント期間:5月下旬頃、入場無料

  • ・駐車場:会場や臨時駐車場(無料)

  • ・長井市の名物・特産品:サクラ、ツツジ、アヤメ、地酒、漬物、山菜、手打ちそば

3,000株にも及ぶつつじ公園と黒獅子祭り
長井市と言えば桜や白つづじで有名だが
イベントでは黒獅子舞が実に多い。

そして毎年5月には、長井市の各地区の
10数社に及ぶ黒獅子が一堂に会する
大規模なお祭りになります。
それは五穀豊穣、交通安全、家内安全を祈願したもので、長井市内を盛大にねり歩きます。
          ▲見事に咲く白つつじ

少年少女河井獅子踊り平小獅子踊り
▲豊田小学校 少年少女河井獅子踊り          ▲平野小学校 平小獅子踊り

長井市の獅子踊りの歴史
今から400年前の上杉家は、長谷堂城合戦最上義光軍と戦い、関ヶ原合戦で徳川家康が
勝利すると上杉家は全軍撤退し、のちに家康に謝罪し会津120万石から米沢30万石に減封された。
上杉家は苦しい生活をしいられた。それで上杉景勝の重臣・直江兼続の家来である
青木丹波守が、自分は農業がしたいと言いだし平山村で侍から百姓となった。


大規模な石高減封により、村は日々苦しい生活が続き活気が無かったのだという。
そこで何とか村人に活気を付けてもらおうと、故郷である越後の獅子踊りの師を招き入れ
村の若者に習わせたのが始まりと伝えられています。

太平戦争中は一時休止したが昭和23年に復興を図り、昭和41年に長井市の無形民俗文化財
に指定されました。平山獅子踊りと言われるその伝統ある獅子舞は、毎年8月に行われる
平山熊野神社例大祭で奉納したり、長井市立平野小学校の児童達に『平小獅子踊』として
伝承され、現在も長井市では獅子舞が伝統として継続的に行っている。

白つつじ公園


>>ながい黒獅子まつりの続きを見る



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